愛と喝采の日々

大人ってページは時にモノクロが滲んで

決意表明

ライフワークバランスならぬライフ推し事バランスが見事に崩れたので現場を絞って立て直しを図ったものの、メンタルブレイクイベントが立て続きここ数日オタクをやめることばかり考えていた。
最近は異文化交流会と称しジャニオタとバンギャの友人3人で月1ペースで飲んでいるのでそちらでひたすら話を聞いてもらってだいぶ楽になった。 焼肉の多幸感とジャンル外カウンセリングの効能はすごい。

一番酷かった頃は「推しを思考するのをやめよう」と思い立ち、推しのことを意識的に脳内から追いやろうとしていた。すると、バイト中の暇な時間なんか、考えることが何も無くなって非常に困った。もともと1人で考え事をするのが趣味みたいなもので、何か考え事(妄想とも言う)をしていないと落ち着かないきらいはあった。が、その「考え事」の内容をいかに推しが占めていたかまざまざと思い知らされた。そうやって自覚がなくなるほど絶え間なく日常的に推しのことを考えていたので、ブログに書きたいネタも山ほどあるのだけれど、いかんせん文章をまとめる時間も心の余裕もなく…

私が推しと出会ってもうすぐ丸3年が経とうとしている。3年。推しからすれば人生の10分の1にも満たないちっぽけな数字だ。でも決して短い時間じゃない。3年あれば高校に入って卒業することができる。私はこの3年の間に高校を卒業することはできなかったけど、推しのおかげで人生のどん底から這い上がり、見よう見まねで真っ当な人生に何とか軌道修正することができた。(あとアイドルを並行して推すようになった。)
私も推しも周囲の環境も、変わったことと変わらないことがあって、日々情報は溢れ出て、更新されて一瞬で通り過ぎて行く。その中でこれだけは見失っちゃいけないなっていう大事なことは、いつでもすぐに取り出せるように自分で磨いて整えてしまっておくべきだなって思った。推しの素晴らしい演技や生き方そのものはもちろんだけど、それを見聞きした私に生まれた感情もやっぱり大切にしたいし、それを世に伝えられるのは私しかいない。フィルターと揶揄されようとも、私の目や耳を通した推しの姿、推しの声が私が知る中で一番輝いていること、少なくとも私という1人の人間の感情をこれだけ突き動かすエネルギーを推しは持っているということは絶対揺るがない事実だから、時間とか立場とか関係なく絶対離したらいけない。とは言え、私はバカで感情的なのですぐそのことを忘れる。だからこそ、忘れないように、時々推しの言葉を借りつつ自分の言葉にして、宝箱に押し込めとこうと思う。

何の話してたのかわかんなくなってきた
要は、このブログちゃんと更新します。よろしくお願いします。